リズムマシンがなぜグルービーなのかということを考えて前回の記事では「揺らいでいるから」というのかひとつの結論でした。しかしそれだけではなぜ「揺らいでいる」ことを快いと感じるかの説明はできていません。なぜなんだろう?考えていたらなんとその答えはもうこのブログの記事の中にありました。そしてこの話、単にリズムというだけでなく音楽のありかた全体についても関係する大きな話だったんです。さらに言えばアニメや映画などシーケンシャルなストーリーをもっているものにもあてはまる可能性のある「さらに大きな話」かもしれません。自分も気づいたばかりですのでまだ考えがまとまっている訳ではありません。しかし「鉄は熱いうちに打て」。メモとしてライブ的にまとめていきます。今回はプロローグとしてお送りしたいとおもいます。
この記事でわかること
- そもそもなにを聞いているのか
- つねに「答え合わせ」
- 「解決」する和音がきもちいいのは?
- 音感がよくなると心地よいと感じることが多くなる理由
- 完全に「知っている」曲をききに行く理由
- 音楽ジャンルがある理由
- なにがバランスされているのか
- 逐次的なほかの芸術形式にもあてはまる可能性
そもそも何を聞いているのか?
私たちが音楽を聴くとき聞いているものはなにか?そのヒントになるのがこちらの記事です。
「やりきった感がある」グランツーリスモ7 山内一典氏インタビュー。もはや実車と評判のVRモードを語る
ごく簡単に内容をご紹介すると私たちが感覚器官に入力を受けたときにその処理には非常に時間がかかる(たとえば目からの入力に反応して手を動かすなら0.4秒)。それでもタイミングよく動くことができているのは0.4秒先の世界を「先読み」しているから。というものでした。言葉をかえると私たちがリアルタイムで起きていることとして「知覚」しているのは実際の『現実』ではなく『「自分の頭のなかに予測でつくりあげた」もうひとつの現実』ということになります。音楽も感覚器官へのインプットであることにはかわりがありません。ということは私たちがリアルタイムに鳴っていると思って聞いている音は『「自分の頭のなかに予測でつくりあげた」音楽』ということになります。
リズムマシンの揺らぎが心地いいその理由
イントロの本当の最初。例えばボーカルの発するカウントのところでは私たちは「遅れて」います。でも曲が始まると「先読み」ですぐに曲のビートに追いつく。このとき再生されているのは私たちの脳内ソング。よってテンポは基本的には一定です。なぜそう言えるかというとそうでないと予測が立たないから。また聞いて学習している音楽の比率としてもテンポは1曲を通して一定のものが多い(かわるとしても変わり方はゆるやか)ためです。さてこの一定のテンポの脳内ソングにいにしえのリズムマシンがシンクロしてきます。ご案内の通り昔のリズムマシンのテンポは揺れています。それは当時の8bitマシンの性能が限られていたから。音が重なることによって負荷がかかるとその影響がテンポにおよんでいました。そうした10ミリセカンド内外の揺らぎがプレイバックの間ずっと続いています。私たちの脳内のビートは一定のテンポですから音を聞いている間はずっと意識下でズレを感じ続ける。つまりこのことが私たちの感覚を刺激し続けることになります。この「じっとしていない」感じ。性能のいい今のコンピュータとドラム音源がグリッドにジャストで演奏する場合にはまったく生じないものであることは簡単にご理解いただけるのではないでしょうか。
常に続く「答え合わせ」
私たちが聞くのは脳内で再生されている音楽。もし私たちが演奏家・ミュージシャンで楽曲を自分で演奏しているとするなら脳内の音楽を音にすることによって完結します。自分でわかっている以外の要素はありません。でも私たちが自分以外の人が演奏する知らない曲を楽しみながら聞いている場合だったらどうでしょう。予測は実際の音で上書きされていきます。予測があたることもありはずれることもある。その刺激を受け止めながらさらに次の展開を予測していく。そんな聞き方になるはずです。つまり私たちが感じ取る音楽とは自分の予測と実際の音の中間に存在しているもの。リスニングという体験は予測の結果がどうなっているのかフィードバックを受けることを含む全体なのです。
ドミナント解決が心地いいのは
「音楽理論」とよばれるものがあります。これはよく使われる音使いのパターンを解析・研究するもので楽曲の理解にはとても役立ちます。この音楽理論で私たちは例えばドミナント解決(G7がCMaj7になるような音の進行)について「不安定が安定」におちつくことで心地よい印象を受けると説明を受けます。しかしこれも今回の「答え合わせ」ということを念頭に置けばもう一歩深く理解することができます。ドミナント解決に限らず音楽理論で扱われる音使いは多くは私たちがよく耳にするもの。繰り返し聴くことによって私たちはパターンをすでに記憶していることが多いと思います。つまり脳内再生の「予測」で真っ先に候補になるのは音楽理論がとり扱っているような慣れ親しんだ音使いということになります。私たちはそこまでの展開から正解を予測しそれがそのとおりになることを体験します。予測通りになることは私たちに一種の全能感をもたらすのではないでしょうか。ドミナント解決が心地いいのは音の響きに加えて「予想したとおりになったから」なのです。
音感がよくなると音楽のよろこびが増える理由
「音感をよくする」ことには様々な要素があります。単に音の高さを正確にとらえられるように練習をつむということにとどまりません。先ほどの音楽理論を勉強することもそのひとつ。仕組を理解することで音感はよくなります。また楽器を演奏したり・歌をうたったり・実際の演奏を見に行くといったことも音感をよくします。このようなフィジカルな体験を通じて音の知識は深まりますが音感をよくする=音楽を経験するといってよいと思います。なぜなら経験が増えるほど「予測」の種類は増え精度もあがっていくからです。それだけ正解を導く可能性が高くなっていきますから音楽のよろこびも増えて当然ですね。これが音感がよくなると音楽をよりたのしむことができるようになる理由です。
「完全に覚えている」もOK
いままで話してきたのは初めて聞く曲についてでしたが、何度も繰り返し聞いて覚えてしまった曲もまた音楽のよろこびを作り出せることは同じ理由によって説明できます。完全に覚えている曲であればすべて予測のとおりだからです。また知っている楽曲であってもそれがどんな解釈によってどのような音になるのかを経験することには批評的な喜びも含まれてきます。クラシックの愛好家のかたはこうした楽しみ方をされているのではないでしょうか。クラシックファンが完全に知っている曲を聞きにコンサートホールに 足を運ぶのは知識による予測と実際の演奏の違いにさまざまな発見があることをたのしみにしているからではないかと想像しています。
音楽ジャンルが存在している理由
さて音楽は予測しながら聞くものということがわかりました。ならば「ジャンル」を絞り込むことによって期待していることがおきる可能性はより高くなります。予測が的中する確立を一層上げたいなら自分の精通している音楽のタイプを選べばまちがいない。これが音楽に細かいジャンル分けが存在している理由です。
よい楽曲はなにがバランスされているのか
よい楽曲の条件はいろいろありますが上記の「ジャンル」ということを踏まえて予測に関係する要素で考えてみたいと思います。期待しながらあるジャンルを選んで音楽を聴いたとします。しかしその音楽が予測からまったく外れていたとしたらどうでしょうか?まず入り口でよい音楽と感じないのではないかと思います。つまり求めている音楽の条件を満たしていない。ジャンルごとに決まった要素があるのはまさにそれを「感じさせるため」。そのカテゴリー特有のリズムや楽曲構成・音のバランス・フレーズやリフのパターンが存在しているのはそれを使ったほうが聞き手の期待にそえるからですね。一方ですべてが文法どおりとなるとアーティストの個性はわずかしか発揮できません。また予想を裏切る要素がまったくないと新しさ・フレッシュさもまったく感じないということになります。そのジャンルらしさを十分に感じさせると同時にアーティストの個性をのびのびと発揮させあたらしさも感じさせる楽曲とはどのようなものでしょうか?それは基本は予測に則りつつ適度に期待を裏切る要素を取り入れた楽曲ということになります。
具体的には?
話がやや抽象的になりましたが、具体的なメロディラインやリズム・楽曲構成などなどさまざまな場面で予測とハズシというのは音楽の基本構造なのではないかと考えられます。ジャンルの作法の研究とあわせて勉強することはムゲン()ですね。楽しみでしかたありません。抽象ついでに話をひろげておくとアニメや映画など時間軸にそってストーリーが進行するコンテンツも基本的には音楽といっしょで予想通りのところと予想を裏切るところのバランスが重要だと思われます。予想通りのところが皆無だとそもそもストーリーを理解できないし物語世界にコミットできない。一方すべて予想できてしまったらストーリーを追う必要もないということになってしまいます。以前聞いた話ですが宝塚のミュージカルの台本は何度も見る人が何度見ても楽しめるように一度では理解できないようにつくってあるそうですね。究極のお客様対応だと感じます。僕も聞く人のことを考えながら楽曲のことをいろいろ考えていきたいとおもいます。それではまた次回のブログでお目にかかりましょう!
前回のリズムマシンの記事はこちらです。リズムマシンの音はこちらで聞けます。
そしてヒントとなった知覚に関する記事はこちらです。ご参考まで。